4-25.昭和7年・箱根 強羅公園 ← ・ → |
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こちらの写真は、伯父の祖父が箱根に療養に行った時の写真だそうですが、【強羅公園】でくつろいでいるのは、祖父と五男(私の父)です。 箱根には、斉藤弁之助商店の別荘がいくつかあったそうですが、その一つが強羅にあったそうです。 小学校や中学校に行っている兄弟とは違って、当時幼稚園児だった五男の父は、よく祖父のお供をしてさまざまなところに行ったそうです。
上は【強羅公園】のシンボルと言われる噴水ですが、昔は今と違って下から飛び出すタイプではなく、パイプの先から下に向かって噴水が出ていたようです。 |
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【強羅公園】は日本初のフランス式庭園として、大正3年に作られものです。 現在も箱根登山鉄道が管理する有料公園として親しまれていますが、当時は華族など上流階級層の保養や療養施設として利用されていたそうです。 この噴水も当時とすればかなり斬新なもので、流行の最先端のスポットだったようです。 温泉があり景色が良く、花も綺麗な公園という事で、伯父たちも度々訪れていた場所の一つだそうですが、右が上のネガをプリントしたものです、 英語で《Hakone Gora Park》と書かれていますが、この頃から伯父は外国語に興味があったようですね。 伯父はこの後東京外国語学校に進む事になりますが、それはこの5年後のことです。 |
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